火事装束と防火展

 令和3年5月28日(金) 〜 7月中旬 


 初代原光が元禄2年(1689)に「新潟屋」を開業してから330年余、本間家は商いを堅実に継承・発展させ、黒松の植林事業や公共・水利・救済事業、神社・仏閣への寄進など、地域貢献に努めてきました。

 「火事装束と防火展」では、本間家に伝わる火事装束や龍吐水、鳶口などの消火道具を展示いたします。
  


(手前)波に千鳥模様・(奥)黒地に八卦紋入 火事帽子

 酒田の町は北西または南東の強風にさらされ、明暦2年(1656)から幕末まで、幾度となく大きな火災に見舞われてきました。
 町民は北西風に対しタブの木を植えたり、高い塀を建てるなどして火災に備えました。また火防は酒田三十六人衆の重要な役目の一つで、寛政5年(1793)の大火後は町奉行を補佐し消火活動を指揮しています。そのため各家で火事装束を揃えており、火事が起これば身につけて任務にあたりました。
 本間家に残る火事装束は、京都へ特別注文した家紋入りの豪華なものです。

本間光丘と火防
       


 宝暦13年(1763)三代光丘は「酒田火防用金」を拠出、利息金により消防用器具を順次調達したり、被災者救済などにも貢献しています。さらに寛政7年(1795)には、当時まだ珍しかった龍吐水二台を購入するなど高い防火意識を持っており、これは本間家旧本邸が昭和51年(1976)の酒田大火で延焼を免れたことにも表れています。

 約10年ぶりに展示する本間家の火事装束。本展が酒田の火防について考える機会となれば幸いです。
 皆様のご来邸を心よりお待ち申し上げます。